資料1 治保からの拝領品




    ・小説では、徳川治保が長久保赤水のことを、「赤水」と呼んでいるが、
   実際には「源五兵衛」と呼んでいた。

  ・一方の赤水は、治保のことを「上様」「大君」などと呼んでおり、
   まことに恐れ多いことから、治保という名前を口にすることは、決してなかった。
   上記資料のように、治保から筆筒を拝領したときのお礼状にも
   治保と長久保の「保」が同じだということで、わざと1文字減らしている
 
 





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